銀座 森岡書店展示に向けて 戸田靖インタビュー【その2】

【目次】 


戸田幸四郎名作絵本集とは。


清水さん:
今回の森岡書店での展示についてですが。

今の話を聞いていると、当然「デザイン」と言うキーワードでこれまでの代表作や今、支持されている新しいモノたちにフォーカスするかと思いきや。『戸田幸四郎名作絵本集』と言うまったく違うものなんですよね!


これは言葉を選ばずに言えば「知る人ぞ知る」と言うような。戸田デザイン研究室の一般的イメージからしたららしからぬものだと思います。


気になるのは、それをなぜ今このタイミングで森岡書店でフューチャーしたのかというところ。そしてそもそも「名作絵本」が戸田デザイン研究室にとってどういう位置付けのものなのかを教えていただきたいと思います。

『戸田幸四郎名作絵本集』:宮沢賢治、太宰治、小川未明、花岡大学。日本の名だたる文豪の名作を迫力ある油絵で描いた5冊のシリーズ。




戸田:
まあ、本当に出版社としては「知る人ぞ知る」では困るんですが 笑。

ただこの名作絵本は戸田幸四郎の絵のタッチからしても、『あいうえおえほん』とかその辺りの知育絵本とはまったく違っていて。油絵とかアクリルとかで描いていて、重厚で色も深い。

絵に関しても児童書のファンタジックであったり、メルヘンチックであったり、淡いイメージというのと正反対をいくような作りなんです。

まあそういうこともあって、なかなか一般の書店さんで置いてもらうこともできない状況が多いです。

やはり一般の本屋さんだとスペースも限られていて、置いていくものも優先順位が決まっていくし。売り上げも当然上げなければいけないということになってくると、なかなか入り込むことは難しい。

だけどあの本、シリーズがあるので、戸田デザインらしいと僕は思っていて。

あの本がなければ、子どもの教育とか知育にデザインで特化した会社、っていうだけになるのですが。やはりあれがあることで、人間の色々な面もっと深くて複雑で簡単ではないというところを、子どもたちやいろんな人に伝えることができると思っていて。

それこそが戸田デザインの仕事の意味であるとも思うので、どんなに売れなくても無くせないなと思っている本なんですね。

今回、森岡さんに「これでいけないか。」ということを言っていただいたときに、最適だなって思いました。

私たちはあの本をもっと色々な人に見てもらいたいと思っているし、そういう機会はあるべきだと思っているのですが、なかなかその機会を作れないでいることも事実で。

やはりそこまで考えていただける森岡書店さん、森岡書店さんでなければできない企画だし、森岡書店さんでこそやる価値があるなと考えているので。とても楽しみにしていますし、会社的にも力が入っています!

清水さん:
なるほど。先ほど私は「戸田デザインらしからぬ」と言いましたけれど、最初の方で戸田さんが仰っていた、子どもに何を伝えるかというところでは「人間とは?」と言うのは やはり永遠のテーマですよね。

それを伝えるうえではデザインではない方法、そうでなければいけないっていうところにちゃんと踏み込んでいった大事な作品群であることがわかりました。

そしていわゆる物語絵本、桃太郎とか昔ばなしを含めて、もう世の中にごまんとあるわけですが、そういうものを戸田デザインがやるならば これが回答だったのかなと思いました。

美術館に名作絵本の原画が飾られていますが、絵本のために描かれた作品というより、本当にキャンパスに普通に画家が描いた絵だなと。色使いも色の重ねている厚みとか、構図とかを考えても、単純に一つの絵として充分魅力的で迫力がある。

先ほど子どもにおもねるものづくりをしない、と言うお話の本当に端的な例なのかなと思いました。

子どもが喜びそうな分かりやすいタッチの絵とか、もっと原色に近い色使いとかあったりしますけれど、いい意味でまったくそういう要素が感じられない。本当に妥協していない。

あれは戸田幸四郎さんご自身が油絵で描かれたものだ思うのですが、これこそが戸田デザイン研究室のひとつの理念を形作ったということですね。

宮沢賢治作『竜のはなし』より


戸田:
そうですね。あの本たちを子どもが読んで・読み聞かせをして、どこまで理解できるかと考えるお母さん、お父さんもたくさんいらっしゃって、そういう質問もよく受けます。

でも、子どもがその場で100%理解しなくても良いって強く思うんですね。

何か子どもの心に引っ掛かりが残って、それがずっと心の中に残っているっていうような、そんな本・存在になれるのではないかなと思っていて。

そうすると大人になって「あの話ってこういうことだったのか。」とか、いろんな体験をして、いろんな人間を知って、人間関係の中で苦労したりした時に「あれってこういうことだったんだなぁ。」ということがあれば、それこそ名作絵本の最高の役割になれるのではと思いますね。

清水さん:
確かにその場で読んで学ぶものとか、もしくは親が読み聞かせて理解する絵本もあると思いますが、一人の人間の心象風景として刻まれていくことが何よりも後々生きてくる。

物語自体は太宰治さんや花岡大学さんなど一流の作家のものを題材にされていますし、絵自体がやはり力があるし。「怖い」と思ったりするのも含めて子どもの心に強く残ると思いますね。

そこを考えて作っていたのと言うのは、いやあ、すごいなあと思います。やはりどこかで、売れる要素もちょっと入れたり。それこそ書店に置きやすいサイズにするとか、ーケット上で考えればいろんな方法が考えられたと思うんですけども。

あと何より5冊セットでも売っていらっしゃる、箱入りで出されています。それも不思議というか、なぜそうしたのかなと思っていて。あれは単品でももちろん販売されていますが、セットにするのは もともとあったコンセプトだったのですか?

戸田:
そうですね。いつもセットで考えて作られていますね。4冊できあがった時点でもセットにはしていたのですが、5冊にしてまた改めて箱も作って。

清水さん:
5冊が出た順番はちょっとズレていたんですよね?

戸田:
ええ。

清水さん:
最後に『牛女(うしおんな)』を作って、それで改めて5冊セットにまた作り直して。

やはりそれはセットで最終的に5作品をまとめて読んでもらうことによって、初めて伝わるようなメッセージがあると?

戸田:
『百羽のツル』は小学3年生の国語の教科書に載っていたりとわかりやすい内容ですが、一方で文字量がすごく多い『走れメロス』、さらに文学的な要素が強くなる『牛女』までくると年齢的にも高学年というか、大きくなってくる子どもたちまで読んでもらえますし。

やはり5冊それぞれの内容が人間の色々な面を表現していると思うので、そこも含めてセットであるのも、とても意味のあることだと思っています。

清水さん:

森岡書店の森岡さんにも今回の展示に向けてお話を聞いているのですが、箱の表紙にツルの絵が一つだけシンプルに入っていますが。なんでこれツルの絵になったのでしょうね、なんて言っていて。
これは『百羽のツル』のお話のテーマが最初にくるようなイメージなのかなど、いろいろ想像して話していたんです。

理由は色々あると思いますが、この箱の絵を決めるにいろいろ迷ったのか、ポンとあの絵が出てきたのでしょうか?

戸田:
あそこに『走れメロス』などの超有名作がくるとちょっと引っ張られすぎて、5冊を平等に見れない感じが出てくる。それは嫌だなと言うのがありましたね。

『世界一の石の塔』か『百羽のツル』の絵かと言う感じだったのですが、デザイン的にあの『百羽のツル』をオレンジ色にして。

清水さん:
『走れメロス』とか『竜のはなし』は物語としての知名度というか、イメージが強すぎてしまうと言うことですか?

戸田:

メロスは物語としても知名度がありすぎるので、そこに引っ張られると言うのもありましたね。『竜のはなし』は宮沢賢治作品ということで、それが表紙になると賢治作品が集まっている全集なんじゃないかなと思われるのを少し心配しましたね。

清水さん:
大事なのはこの5冊で何なのかということが損なわれてはいけない。そういう意味ではとても神経を使われていたのですね。

そこに何の絵を持ってくるかというのも、何かを間違った選択をすると違うメッセージになってしまう。

戸田:
そうですね。そして新たに違う絵がくる、箱用に描き下ろした絵がくると言うのもまた違うと思いました。

清水さん:

違う絵を持ってくる選択肢もあるわけですもんね。

森岡さんと話していて、この小さいツルと大人のツルが寄り添っている絵。これがやはり象徴的でもあるよねっていう話をしていまして。

森岡さんの見立てでは、この『百羽のツル』のお話は友愛、家族とは違う誰か思うと物語だと思うから、それを最初にケースに持ってくることで一つのメッセージに見えるって仰っていましたけれども。

今お話を聞いていて私が受けた印象は、全体を包むものとしては『百羽のツル』が一番適しているのかなって。5つのお話それぞれに特色がありますが、一番やんわりしていると言うか

戸田:
うん、そうですね。『百羽のツル』は真っ直ぐ理解しやすい話ですよね。文字量も少ないし、お話自体もそのままスっと受け取れる。



清水さん:
森岡さんも「これは5冊でなくてはいけないんだ。」と指摘されていました。

そして森岡さんはデザイン的にはパッケージデザインが本当にビビッときたと。端正なあのパッケージの表情が、とにかくもう一目惚れに近い感じだったみたいですね。

戸田:
それは出し続けて本当に良かった!笑

清水さん:
笑。もう20年以上経ちますよね。

戸田:
ええ。経ちますね。『あいうえおえほん』の次あたりから描き始めている作品群なので。幸四郎の2作目の絵本が『竜のはなし』ですから。

清水さん:
へえ、そうなんですね。面白いですね、今こうして過程を聞くと。


美術館を持つ出版社。


清水さん:

最後の質問はまったく違う話で。戸田デザイン研究室は出版社として作品や作り方、それから新作も一年に一作程度という出版スピードと出した本を絶版にさせていないなど、既に特徴的だと思います。

さらに特徴的なのは、独自の美術館「戸田幸四郎絵本美術館」を持っていらっしゃる。これパッと情報だけを並べてみると、すごく突飛に見えてしまうわけですね。出版社が運営している自分たちの美術館が静岡県熱海市にある。

どういう経緯で美術館があるのかと言うお話。長くやっていらっしゃると思うんですが、戸田デザイン研究室にとって今この美術館がどういう意味合いがあるのか。それを教えていただきたいです。いつオープンしたんですか?

戸田:
1997年なので もう20年以上前ですね。

もともと幸四郎が『あいうえおえほん』の仕事を始めてから熱海の美術館の近くにアトリエを持って。小さな小屋があって、そこでずっと絵を描いていたっていう時期がありまして。
その近くに今の美術館となる場所があり、たまたま幸四郎が散歩をしていた時に見つけたんですね。

また ちょうどその頃に原画の魅力を伝えたいと言う話が挙がっていたんです。
普通は絵を描いてそれを写真で撮影をして、絵本になっていくわけですが。その印刷の過程で原画の魅力っていうものをどれだけ再現するかというのは、なかなか難しい部分もあって。

印刷は印刷で別の魅力もあるのですが、特に名作絵本のような油絵とか、ああいう形の絵になってくると原画の迫力みたいなものをなかなか伝えられず。原画そのものを見て欲しいとその頃に話していたんですね。

やはり戸田デザイン研究室は自分たちの本を作るためと言うより、私たちが作っているモノをきっかけにして、いろんなことを感じて欲しいとか、心を動かして欲しい。そう思っていた訳ですから。

それならそういう場所を作るのが一番近道じゃないかと言うことになり、この計画がどんどんスタートしていきました。


戸田幸四郎絵本美術館


清水さん:
途中までは誰もが考えると思うんですよ。原画を見てほしいし、その良さを伝えていきたい。

その場合は個展を開くとか、もしくは自分の会社のある建物の一角をギャラリーにするとか、色々なやり方があると思うのですが

いや、まさかね「じゃあ美術館だ」とは。思っても実現させるかというと別問題ですよね。それ、すごいですよね。

戸田:
そうですねぇ。最初はかなりの借金をかかえて 笑。

清水さん:
いやぁ、お金はかかりますよね。場所も別荘地。風光明媚な景色も素晴らしいところで、やはりあそこでなくてはというのもあった訳ですよね?

戸田:
場所自体は本当にピンときた、という程度の話なんですけれども。
もともと料理研究家の方が長年別荘に使っていた土地で、ミカンとか金柑とか食材の木がたくさんあって、それをよけるようにして建物を設計しました。

建物自体も幸四郎が建築デザインをしていて、原画ももちろんですが、空間自体を体験をして欲しい。そこに来ることで気持ちが解放されるし、豊かな気持ちにもなれるし、何かのきっかけにもなるし。

そんな場所になれるのではないかと、わざわざ一から作り始めたというのが私たちの美術館なんです。

清水さん:
なるほど。きっかけは原画を見てもらいたいという話だったと思いますが、いざ空間を持ってやるとなった時にもう少し違う要素が入ってきた。

ここでどう過ごすのか、どういう気持ちを味わってもらうかということはすごく大きいですね。

戸田:
そうですね。美術館にはカフェがありますが、当初はどういうメニューを出して、それをどう盛り付けるか。イラストを書いてメニューを決めたり、そんなことまで一からスタートしていきました。

清水さん:
美術館の名前が戸田幸四郎絵本美術館で、絵本美術館の【絵本】という要素と【戸田幸四郎】という世界。作家のイマジネーションにも触れられる場所として価値があると思います。

私も一度行かせていただきましたが、作品をゆっくり観られるし、お庭が非常に開放的で。建物もお庭と一体になっているようなデザインで、外にアクセスできるような構造にもなっていますよね。

そこは最初の理念のお話に通じるのかなと思って。作品は一つの表現方法であって、その奥にあるものが戸田デザイン研究室には大事である。

表現方法の一つが美術館であり出版物。どちらも並列というか、同じライン上にあるものなんですね。

戸田:
うん。そうですね。

清水さん:
美術館の運営は大きな決断ではあったと思いますが、もう20年以上運営されてきて美術館の存在・価値というのは変わらないのか。何か意味が変わってきたりしていることはあるのですか?

戸田:
実は昨年末の12月に展示を大幅に入れ替えまして。戸田幸四郎が考えていたこと、現在戸田デザイン研究室が考えていることをより分かりやすいように整理したんですね。

これから美術館にお越しいただいた方が、もっとそういうことを感じていただきやすくなったのではと思って期待しています。どういう風にお客さまの感想が変わってくるかなとか、これからちょっと楽しみですけどね。

清水さん:
あのロケーションも非常に印象深いですよね。

私は東京から行ったのですが小田原を経由して、熱海の市街地を通って山に入って行く。もう確実に登っているなって思ったら、急に今度は下がっていく。山道をクネクネして辿り着くわけですけれど。

オーバーな表現と思われるかもしれませが、例えば『鏡の国のアリス』のような。あのアプローチが世俗にまみれた自分をちょっとずつ置いて行って「たどり着く」という言葉が本当にぴったりだと思うんです。

車窓から伊豆の景色を見て心を奪われて、すごく良い所だなと思いながら車を降りた時には気持ちがすでにそこで変わっているなと感じている。そして美術館に入れば作品世界があって、まったく違う時間軸・時間の質が違うものが流れていて

心のデトックスと言えるかもしれませんが、本当にあの場所も大事だなと。

それを充分わかっていて設計されている。場所選びも含めて、美術館自体が一つの作品なんだというのはすごく感じましたね。

戸田:
それを言っていただけると、わざわざあそこに建てた意味がありますね。

清水さん:
いや、あそこでないとダメなんだと思いますね。

戸田:
あの場所を見つけてこの計画が動き始めて、絵本の原画を展示する施設原画館・美術館みたいなものをやりたいと話した時に、土地関係の方たちから伊豆高原の方を勧められたんです。

伊豆高原には絵本美術館がいくつかあって、集客には良いし分かりやすい。熱海のはずれのこの場所までお客さんを引っ張ってくるのは、なかなか大変だよと。伊豆高原の方を急に勧められ始めたりしたときがあったんですね。

でも私たちからすればここの場所を見つけて、原画展示の計画がそもそもあって。ピースがはまるように動き出した話なので。伊豆高原ではダメなんですっていうところを理解してもらうのはなかなか難しくて。でも結果的に思った通りやらせていただいたのですが。

清水さん:
今になってその価値はすごく高くなっている気がしますね。

別荘区画の中にあるから、本当にそのために行くっていう。行く時点でその気持ちになっていくし、それが大事だと思うんですよね。あのいい意味での「わざわざ感」というのは、あの体験にもうすでに含まれているような気が。

地図で見てこんな所にあるというのは分かりますが、実際体験してあの空間に身を置くことでしか感じられないものはすごくあります。

余談ですがその後、当然東京に帰ってきたわけですが、横浜に入った時にすごく残念な気持ちになりましたね。いろんな意味で元に戻って来ちゃって。そのぐらい気持ちのフェーズが変わる場所でした。

ある種、意図して作れないもの。空間だけでは作れないし中身も伴っていないとそういう効果が出てこないので。いや、本当に先見の明があったと。

戸田:
まぁ、たまたま来るっていうことがない場所ですからね。かなり強い意志を持って行こうと思わないとたどり着けないというか。

実際に途中まで来たんだけれども、不安になって引き返しましたという方もいらっしゃいました 笑。

清水さん:
そのぐらい奥に入っていく感じがしますよね。
私が行った時も駐車場に東京とか東京近郊のナンバーもいくつかありました。わざわざ来ている人たちがいらして。でもそのぐらい魅力がある場所だなって思いますよね。

だから「名作絵本集」じゃないですが、もっと美術館の存在も伝えていくべきだと思いますし、一人でも多くの方に体験して欲しいなあと。

森岡書店の展示でその辺のところも打ち出していきますので、沢山の方に展示に来ていただけるといいですよね。

戸田:

はい、よろしくお願いします。

音声でもお楽しみいただけます。



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