ベルギーのデザイナー・イネさんと作った『きせつのたべもの』ディレクター日誌4


さて、イネさんと呼吸の合ったやり取りを経て、制作もいよいよ最終段階へ。

最後に待ち受けるのは、そう、ボックスです。
まぁね、簡単ではないことは、わかっていたんです。わかってはいたけれど、ちゃんと形になるのかドキドキしたよぅ!

しかし、苦労の先にはいつだって光があるもの!
今、私の胸によぎるのは「イネさんと出会えて、本当によかった。」この一言のみです。

最後のボスの粘りから、イネさんが私たちに残してくれた素晴らしい気づきをお伝えして、この日誌の幕を閉じようと思います。


ボス、箱男と化す。

幾度にもわたるやり取りを経て、春夏秋冬すべてのイラストが決定。
イネさんの配色を活かした美しい見開きが組まれ、日・英・漢字・ローマ字の4つが表記されることに!
さらに今回は3枚合紙で本に厚みが生まれ、プロダクトとしても贅沢な仕上がりになりました。

厚みがあって、かわいいのです。

ここまでの詰めは順調。しかし、最後の難関、ボックスの壁を超えねばなりません…。

今一度、完成形をご覧ください。
表面に空いた穴から、4冊それぞれの表紙が見えていますよね?


この【中のイラストが覗く案】は、当初からイネさんと「出来たらいいね、可愛いいよね♪」と話していたものでした。だから、何としても実現したかった!

しかし、それには多少のズレも計算して穴をデザインする必要があります。
そこで戸田が考えたのが、この食べ物のシルエットで周りを囲むという手法。
これならただのサークルで囲むよりズレが気にならなくなり、視覚的にも楽しくて可愛い!

もちろん中に隙間ができるのも避けねばなりません。
ボックスの中で本が動いてしまうと、穴から覗く表紙の位置がズレてしまう。フグに至っては『家政婦は見た!』状態に。

これらをクリアするだけでもかなりの調整が必要なうえに、紙の厚さで箱がピッタリ閉じないリスクも発生!
紙を変えるのか?中になにかを敷いて高さを出すのか?折りの工程を増やすのか?
しかし、いたずらにコストをかければ、どんどん販売価格を上げることに。それは、まずい流れです。

こんな時は、落ち着いて他を見よ作戦にシフト
世の中には高価でなくとも、工夫を凝らした優秀な箱があります。それを見て、参考にできる箇所を見つけるしかありません。

突然、世の中の箱が気になる日々に突入。
美味しいお菓子をいただいても、中身より箱に反応する体質に…そんなアタイにお疲れ!

ボスこと戸田にいたっては、自宅にあるイケてる箱を集合させ、目ぼしいものは次々に取り寄せ、郵便物の優秀な箱にも目を光らせるという具合。デスクには厳選された箱が並び、阿部公房も唸るであろう箱男と化していきました。

この粘り強い努力と印刷会社の協力もあって、遂に今の形へと辿り着いたのです。

横長Verも考えてみたり。試行錯誤のあと。


あなたの眼差し、わたしの眼差し。

ボックスという最後の難関を超えて、 無事に全て入稿…。
そして最後の大きなタスク、イネさんへのインタビューに取り掛かることにしました。

数年にわたる仕事を通して、彼女が非常に知的でユニークなパーソナリティを持ち、鋭い勘と咀嚼力を兼ね備えたクリエイターであることは確信していました。


実際、イネさんからの回答は、私の想像を遥かに上回る素晴らしいものでした。
制作に向き合う姿勢、日本文化を見つめるポイント、母国・ベルギーのこと、そして共に作った絵本への思い…。
初めて読んだ時には不覚にも涙が出そうになり、これは世にいうカルコウ(軽い更年期)がきたのかと焦りましたが、そうではない。彼女の考えの奥深さにノックアウトされたのです。

思い起こしてみても、イネさんはいつも心のこもった手土産を携え、時間に遅れたことはなく、メールの返信の早さ・丁寧さもピカイチ。
それは彼女の日本文化の理解からくるものだと思ってはいましたが、もっと深いもの…ある種の覚悟と呼べる心構えから生まれていると気づかされました。

国籍が同じであろうとなかろうと、何もせずにお互いを知ることも、心を通い合わせることはできません。
互いに敬意を持ち寄り、嘘のない誠実な言葉を重ねることで、初めて相手の考えを理解できる。同時に相手の眼差しから自分というものも知ることができる。
その重みと深みをイネさんは私に示してくれました。

そんな素晴らしい気付きに胸が震えると同時に、私の中に疑問が生まれたのも事実です。
イネさんが溢れる好奇心と敬意を注いでくれる日本。この国が、今、イネさんと同じように他者に向けて知性と理解を示せるのか?
正直、私には「はい」と即答する自信がありません。

しかし、国も文化も、詰まるところ人間が作ってきたもの。
これからどんな社会を築くかは、私たち次第とも言えます。

異なるバックグラウンドを持つ「あなたの眼差し」と「私の眼差し」が交差したとき、共に生きるに値する美しさが広がる。
イネさんとの絵本制作を通じ、私はその景色の素晴らしさを体験することができました。

これからの時代を生きる子どもたちにも、ぜひこの豊かな景色を見て欲しい。
その最初の一歩としてこの絵本が役に立てるのなら、こんなに幸せなことはありません。

改めて、心から尊敬するアーティスト、イネ・レイラントさんに感謝を込めて。

■インタビューはこちらからお読みいただけます。

イネさんとボス・戸田。ラブリーなショット。



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