しかし日本の出版社との仕事は、彼女にとって初めて。ただでさえ勝手が違うのに、【細かい・しつこい・感覚的】の3拍子が揃う弊社との仕事です。
最後まで走り切れるだろうか…。伴走途中で私の心のアキレス腱が悲鳴をあげたらどうしよう…。
そんな微かな不安を抱えつつも、この良縁に賭けて船は漕ぎ出しました。
そして想像を超える素晴らしいラリーが始まるのです!
この偏りこそ、作品の命だ!
制作の始まりは食べ物のセレクトから。
日本の食にも詳しいイネさんですが、旬の概念は日本人にも難しいもの。互いに共通の認識を持ちつつ、イネさんが描きたい食材をイラストに起こしていくところからスタートしました。
1回目のデザインが送られてきて、まずはその削ぎ落としたシンプルさと色彩の美しさに改めて感嘆。イネさんの揺るぎないスタイルが当初から貫かれていました。
そして食べ物のセレクトを見てみると…。
春は和菓子の連投、夏は茗荷や紫蘇といった いぶし銀をフィーチャー、当初秋には茶碗蒸しも紛れ込み、冬はおでんのタネが多い!
こ、これは…想像を超えた偏り具合。
いわゆる一般的な知育要素の強い食の絵本を出すなら、このセレクトは大きく変更されると思います。しかし、戸田も私もこれが最高に面白いと感じたのです。
そう!言い換えればこれは、イネさんの偏愛セレクト!それぞれの食材への強い好奇心や愛情が隠しきれません。その熱量がイラストにも確実に反映されていました。
芹(セリ)が放つ美しい色のグラデーション、紐で吊るされた干し柿が醸し出す冬の風情…。どれも日本の食に宿る微細な魅力を捉え、新鮮な輝きを放っているのです。
そして、時にこちらの想像を超えたユニークさも炸裂!鍋を描くアヴァンギャルドなアングル、強い胞子を飛ばしてきそうな堂々たるシメジの姿などは、異文化のクリエイターならではの構図と言えます。
主な読者となるのは、子どもたちも含め、日本の食に馴染みがある方々です。
イネさん独自の視点こそが、当たり前に思っていた日本の食材に、新鮮な驚きや発見を与える。これこそが作品の核であり、命。そう確信しました。
このラリー、世界卓球なみ。
イネさんと弊社はデザイン面でも共通点が多く、実際の制作に関わるやり取りも大変スムーズでした。
しかし、現実に存在する日本の食材を描くにあたり、イネさんには多くの苦労があったと思います。
デフォルトで入った椎茸の頭の飾り包丁。これを取ってもらう修正などは可愛いもの。
貝類の縞模様、魚介類の足の数、野菜の種の形など、何度も修正を重ねたものもあります。
イネさんの溢れる日本への愛をもってしても、「しんどいよ!」と思うことも多々あったでしょう。
しかし、彼女は決して根を上げず、私から送られる若干グロめな写真(主に魚介類の接写)を見ながら修正を繰り返してくれました。
それどころか常により良い形を探し、納得ができないことは丁寧な言葉で問いかけ、修正の速度も早い!
自然とこちらもより良い方向を模索し、言葉を尽くし、真摯に応えてくれるイネさんを待たせまいと準備を進めるように。
まさに打てば響くラリーの応酬。卓球で言えば頂上決戦と言って許されるでしょう。
遥かアントワープから響く「サー!」(by 福原愛選手)の掛け声に、文京区小石川からは張本選手ばりに「チョレイ!」で返す。互いになかなかのエネルギーの消費量だったことは事実です。
これほどに粘り強くやり取りを重ねられたのは、「良いものを作りたい」という共通した思い。
言葉にすれば単純ですが、これを芯から共有できる人と仕事ができるチャンスはそう多くはありません。
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| 厳しかったであろう修正。 |
ボスの英断、輝くイネの配色!
イネさんの才能を語るとき、配色というキーワードは欠かせません。
鮮やかで大胆、同時に洗練された彼女の色彩感覚は、見る者の心を瞬時に弾ませるような魅力を持っています。
この卓越したセンスは、『きせつのたべもの』の一稿目から輝いていました。
絶妙なコントラストを活かした食材それぞれの色。
そこに一歩間違えれば喧嘩をしかねない大胆な背景色が見事に合わさり、唯一無二のイネ・レイラントの世界が広がっていました。
このクオリティを最初からぶつけてくるなんて!
戸田も私も高揚感に包まれたことを覚えています。
しかし、順調に漕ぎ出しても、制作には必ず迷い道が現れます。
重なる細かい修正に対応してくれる中で、イネさんは全体的な色の調整も進めていました。
もちろん、これは必要不可欠な工程。しかし、次第に全体のトーンが新たなフェーズに突入すると、私の中に迷いが生じてきました。
今も素敵なのは間違いないけれど、初期のあの配色には独特のパワーがあった。
でもこれは、モノづくりあるある「初期が妙に美しく見えるマジック」かもしれない。(大澤・心の声)
イネさんの並々ならぬ努力の前に、私の判断基準が揺れていたこともあったのでしょう。
己の決断力の甘さに打ちひしがれていると、力強い一声が!
「やはり、最初の配色がベストだな。イネさんに丁寧に伝えてくれ。」
声の主は我がボス・YASUSHI TODA。さすがブレない星から落ちてきた男!
同じモノを作る人間として、戸田はイネさんの苦労も逡巡も痛いほどに理解していたと思います。彼女の芯のある制作姿勢に心から敬意も払っていました。
だからこそ一時の情に流されず、最上の提案をする。
この姿勢を放棄することは、編集としての役目を捨てたも同じことだと痛感させられました。
ボスの決断力に助けられながら、制作はいよいよ最終段階へと進んでいきます。




