展示をより深くお楽しみいただくためのコンテンツとして、森岡書店 店主・森岡督行さんのインタビューをお届けします。
書籍はもちろん、デザインや近代建築物、美術などさまざまな文化に深い造詣をお持ちの森岡さん。ジャンルにとらわれない柔らかな視点で、物事の本質を豊かに紡ぎ出していくような独自の感性とことばをお持ちです。
そんな森岡さんから見た、画家・戸田吉三郎とは?彼の作品にはどんな魅力があるのか?テキストと音声でお楽しみください。インタビュアーはMUJI BOOKSで長年マネージャーを務め、独立。本に関連したさまざまな企画などを行う清水屋商店・清水洋平さんです。
【音声でもお楽しみいただけます】
戸田吉三郎という画家。
森岡:画家として人として、とても勇気のある人だったなという風に感じています。
というのは、作品以前に戸田吉三郎さんの生き方。これですね。東京芸術大学を優秀な成績で卒業されて、海外で学ぶ機会を得られた。パリに渡航して絵画を学んだ。戦後、日本人初の海外派遣留学生だったんでしょうかね。ある種、特権的な立場に自分の実力で就くことができた人だと思うんですけれども。
その後、絵画のメインストリームからは離れ、お話によると東京藝術大学の教授のお話もあったそうですが、そういった事にも関心を向けず、自分の画業を貫いていった。そういう方だと聞いているんですが。
ご本人にとってはそれは普通のことだったのかもしれませんが、第三者から見れば非常に勇気のある人だったなと思っています。
ご本人にとってはそれは普通のことだったのかもしれませんが、第三者から見れば非常に勇気のある人だったなと思っています。
清水:社会から少し離れて作品を作ってこられたっていうことがあるのですが、本当にアトリエに籠っていたりとか、描かれているものも非常に特徴があると思うんですけれど。実際、絵を観たりして、戸田吉三郎さんという人についてはどんな魅力があると思いますか?
森岡:戸田吉三郎が被写体としていたのは裸婦だったと思います。裸婦を描き続けた。
もちろん、中には風景画であったり静物画も散見されるわけですが、主に裸婦だった。
今ここに『戸田吉三郎画集』がありますけれども、この中にも主には裸婦が収録されている。その解説などは何もない。言葉を付けていない。そういう状況があります。
裸婦を描く。とりわけ日本人がヨーロッパの技法で裸婦を描いていくという時、色んな思いが画家にはあるのではないかなと思うんです。
まず、その必然性があるのかどうか。必然性があったとして、自分なりのオリジナリティ。これをどう確立するのか?
戸田吉三郎の周りには、才能豊かな画家がたくさんいたはずだと思います。
パリに行けば、例えばですけれど、藤田嗣治※1のイメージがありますでしょうし。東郷青児※2のイメージなどもあったと思います。そういったものとどういう風に違いを出していくのか、これは非常に大きな観点ではないかなと思います。
さらにヨーロッパ文化の文脈で培われた裸婦像。おそらくそこにはキリスト教的な精神というものが反映されていたように思いますし、キリスト教の精神の繁栄であったものではないかなっていう風に思うんですけれども。
まあ、もちろんそれだけではないと思いますが、文脈がまったく違うところにいる人間がヨーロッパの文化を踏まえてヨーロッパの技術で描くという時、そこにどういった自分なりの何事かを落とし込むことができるか?というのがテーマになっていて。
戸田吉三郎は、そこに自分なりの哲学というものを反映させようと言うようなことだったのではないかと思っています。
※1藤田嗣治:1910年代早々にパリに渡り、日本画の技法を用いた独自の画風で西洋画壇から高く評価された。「乳白色の肌」と呼ばれた独特の裸婦を描き、エコール・ド・パリを代表する画家だった。
※2東郷青児:洋画家であり、昭和期を代表する美人画家として知られる。数年の間、フランスに留学。ピカソなどから多大な影響を受けたと言われる。
戸田吉三郎が描いたもの。
清水:森岡さんは、戸田吉三郎さんの絵を逗子のアトリエで実際にご覧になられたと思うんですが。原画を見たり、アトリエにお伺いしたことも踏まえて、作品の魅力というのはどういうところにあると感じていらっしゃいますか?
森岡:ちょっと写真の話をしますが、MoMAのキュレーターであるシャーカフスキー※でしたでしょうかね?鏡と窓で写真を考えたことがあったと聞いています。
鏡というものは、自分の内省的なものを発露するもの。窓というのは社会的に客観性のあるものをとらえる作品。そんな風に考えることができるのではないかなと思うんですけれども、それを戸田吉三郎さんの絵に当てはめてみますと、圧倒的に鏡だなあと思っています。
戸田吉三郎さんが自分の気持ちを反映させた作品、その時代時代によって作風が大分変わります。色も変わります。被写体のあり方、表情、これもずいぶん変わっているのではないかなと思います。
戸田吉三郎さんの作品の魅力というものは、ひとつひとつの作品にもあるんですが、そういった30年、40年という時間軸の中で変化していったご自身の世界観ですかね。世界をどのように把握したか、そういったものを私たちがどう読み取るか、そんなことではないかなと思います。
清水:その30年、40年とずっと描き続けてきたものが作品集として、本当に最晩年に本人が編集されて出された画集があります。
年代別に並んでいるわけでもなく、テーマもはっきりしない形で、もう何十という作品が載ってます。それを一通りご覧になられても、描き方というのはかなりいろんな形になっていると。
森岡:そうですね。描いているテーマは裸婦。これは変わりないんですけれども、30年、40年、50年、60年でしょうかね。その間に描き分けたのだけれども、それはおそらく被写体との関係性上、自分の体がこういう風に動いたとか。そういうことなのではないかなと思っています。
森岡:そうですね。描いているテーマは裸婦。これは変わりないんですけれども、30年、40年、50年、60年でしょうかね。その間に描き分けたのだけれども、それはおそらく被写体との関係性上、自分の体がこういう風に動いたとか。そういうことなのではないかなと思っています。
自らの意思でこうしたというよりも、被写体との関係でおのずとなった絵というか。そんな風に見ることも可能ではないかなという風に、私は考えているところです。
清水:作品集だと本の中に入っているのでサイズ感と言うのが分からないと思うのですが。実際逗子で観たものは、かなり大きなものだったと聞いてますが。
森岡:はい、大きさというのはそのままインパクトっていうんですかね。そういったものに結びつくものだなあと思います。
清水:100号とか80号とか、かなり大きなものもあると聞いていますが、裸婦の絵を目の当たりにすると、どういうものを感じ取れるものなんですかね?
森岡:全ての絵ではないですけれども、自然の造形美っていうものを戸田吉三郎さんは女性の体に感じていたのではないかなっていう風に思っていて。その曲線を表す時に、やっぱり大きさが必要だったんじゃないかなって思います。
清水:ある程度の大きさのキャンバスが、女性の裸婦のモチーフの描く上では必要だった。
森岡:そうですね。はい。
清水:原画で筆遣いとか色の重ね具合とかを観ると、何か迷いがあるのか勢いがあるのか?どういった印象があるんですかね。
森岡:油絵を描くという立場ではないので、なかなかこの線はこうだとか、迷いがあるとか言うのはすぐに理解できるものではないのですが。
一つ間違いなく言えるのは技巧ですとか、うまく描こうとか、そういうことは全く考えていなかっただろうという風に思います。
清水:大きいキャンバスの中で精密に変えていこうっていう思惑よりも、全体で表現していく。そういう印象になるんですかね?
森岡:そうですね。意図的にディテールを描かないとか、そういうことはもちろん戸田吉三郎はやっていたんだろうなと思いますね。
※シャーカフスキー:ジョン・シャーカフスキー。アメリカの写真家であり学芸員、評論家。およそ30年の間、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のディレクターを務め、写真芸術における数々の重要な考察と企画、展示を行った。
森岡書店での展示。
清水:今回、戸田吉三郎さんの回顧展を森岡書店で行われますが、森岡書店の空間にどういった作品を並べて、どんな空間にしたいとお考えになっていますか?
森岡:もちろん、この『戸田吉三郎画集』を販売させていただくわけなんですけれども、この中から3点を選びました。裸婦、中でも大きいものを選びました。
森岡:もちろん、この『戸田吉三郎画集』を販売させていただくわけなんですけれども、この中から3点を選びました。裸婦、中でも大きいものを選びました。
それを正面の壁、左右の壁に一点ずつ展示して「戸田吉三郎さんの絵とは何だったのか?」というものを来るお客さんとコミュニケーションできたらいいなと思っています。
いろんなお客さんに来て欲しいのですが、そこでどんな風に感じたか言葉を交わすことができたらいいなと思ってます。
清水:絵画を見せる展覧会って、より多くの作品を見せる場合があると思うんですよね。
今回3点ということですけれども、少ない数でやろうと思ったのはどういったところに意図があるんですか?
清水:絵画を見せる展覧会って、より多くの作品を見せる場合があると思うんですよね。
今回3点ということですけれども、少ない数でやろうと思ったのはどういったところに意図があるんですか?
森岡:まあ、もちろん森岡書店の空間が狭いっていうのはあるので、空間的な制約はあるんですけれども。私自身の考え方として展覧会には面でたおす場合と、点でさす場合があるなあって思っていまして。
戸田吉三郎さんの絵画の場合は膨大な量があるのですが、その中の数点を見せることによって、人々に訴える。要は点でさす、というあり方のほうが、現状良いのではないかなという風に思ってます。
清水:森岡書店の長い壁に大きい作品が一個どんと入って、両サイドと一番奥にあって。その空間に立ったら、色んな人が何かを感じると思うんですが、特に今回の回顧展に対してどういう方に見て欲しいというイメージはありますか?
森岡:戸田靖さんの言葉にもありましたけれども。今いろんな出来事が重なって、これまでの経験・価値観というものですとか、そういうものが揺らいでいる状況があると思うんですが。
そういう時代にあって、何か次のことを探しているような人、そういう人にとっては戸田吉三郎の生き方というのは何か指針になるのではないかなと思っていますし、自分もそうしたいなあっていう風に考えています。
清水:頻繁に絵を見ている方とか、絵を見たことがない方とかというよりも、何かこれからのこととか。今について何か思うことがある人は、ぜひこの絵に触れてみていただければと?
森岡:そういう見方もできるだろうなと。一つの提案でありますね。
回顧展情報
日時:2022年11月15日(火)ー 11月20日(日)
場所:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1階
回廊時間:13時ー19時(最終日、18時まで)※入場無料
日時:2022年11月24日(木)ー 11月29日(火)
場所:東京都千代田区神田神保町1-21-1 文房堂ビル4F
回廊時間: 10時ー18時半(最終日、17時まで)※入場無料
回廊時間: 10時ー18時半(最終日、17時まで)※入場無料
※文房堂ギャラリーでの展示の様子は、文房堂さんのバーチャルギャラリーでご覧いただけます。(公開は1ヶ月程度となります)
■回顧展に関する詳しい内容はこちら
関連イベント
特別対談「画布と裸婦:戸田吉三郎が遺したもの」 宮本武典(キュレーター/藝大准教授)× 森岡督行(森岡書店 店主)
日時:2022年11月9日(水)19時から
場所: 無印良品 銀座 6階
※イベントは終了いたしました。こちらから動画をご覧いただけます。