「どんな形でオリジナリティを生み出していくか。」
これはデザインをはじめ、あらゆるモノ作りにおいて追求されるテーマでしょう。
絵本制作でもオリジナリティは大切な要素となります。
しかしオリジナリティばかり強すぎても、意図が伝わらなかったり、読者に委ねる余白の部分が奪われてしまったり…。その打ち出しには慎重なバランス感覚も求められます。
どんなタッチで描けば、そのものの特徴がしっかりと伝わるのか。どの配色がもっとも雰囲気が伝わるのか。最終的にどんな形でまとめ上げていくか。
考え、悩み、手を動かし、完成に近づけていく…。
これぞ作り手の腕の見せどころであり、苦労と楽しさが同居した「創作の醍醐味」とも言えます。
弊社創設者であり、弊社作品のイラスト・デザインを手がけた戸田幸四郎(1931-2011)も、その醍醐味を味わいながら創作にあたっていました。
対象の特徴をつかみ、極限までシンプルに削ぎ落とした線。鮮やかな印象を残す色づかい。子どもたちはもちろん、大人の感性にも訴える洗練とユーモア。
フリーデザイナーとして様々なデザインを手がけた経験をベースに、自身のデザイン感覚で対象を噛み砕き、オリジナリティある作品を作り上げてきました。
しかし、ただ1つだけ、対象物そのものを写実的に描くことに徹した作品があります。
それが『昆虫とあそぼう』です。
『昆虫とあそぼう』はチョウやトンボ、バッタなど身近に生息する26種の昆虫を紹介する絵本です。
昆虫たちのイラストもすべて戸田幸四郎が手掛けているのですが、どれも驚くほど写実的に表現されています。
甲冑のような硬質な肢体に細い手足、宝石のように神秘的な色、密度まで伝わるような体毛…。(しかも実物の大きさも示すという徹底ぶり!)
写真とはまた一味も二味も異なる、繊細でリアルな存在感を感じます。
『あいうえおえほん』をはじめとする他の代表作と比較すると、同じ人物が描いたとは思えないほど精密なタッチです。
出版当初よりこの昆虫のイラストに「キレイ!」「虫が苦手だったけれど、これはずっと観ていられる。」など、たくさんの賞賛の声をいただいてきました。
戸田幸四郎はそうした声に喜びを感じながらも、時折「こういう絵は、絵心がある人なら誰でも描ける。」と漏らすこともあったとか。
まさにオリジナリティで仕事をしてきたデザイナーとしての本音が垣間見える一言です。
ではなぜ、徹底して昆虫たちをリアルに描いたのか。
そこには戸田幸四郎の強い思いがありました。
山形県 尾花沢市に生まれ育った戸田幸四郎にとって、自然は身近な遊び相手であり、さまざまなことを教えてくれる先生のような存在でもありました。
自然には、人智の及ばないちからや美しさが秘められています。
命を通じ、大切なことを教えてくれた昆虫たち。彼らを主役に据えた絵本を作るのですから、限りなく本物の姿を自分の手で描く必要があったのでしょう。
こうした作者の強い思いと共に生まれた『昆虫とあそぼう』ですが、その内容はとにかく楽しく、温かい空気に満ちています。
その空気を作り出しているのが、見開き右ページにある文章です。
・『昆虫とあそぼう』
神の手によってデザインされたような美しさと神秘的な生態を持つ昆虫たちから、戸田幸四郎は命の不思議や尊さも学びました。
命を通じ、大切なことを教えてくれた昆虫たち。彼らを主役に据えた絵本を作るのですから、限りなく本物の姿を自分の手で描く必要があったのでしょう。
こうした作者の強い思いと共に生まれた『昆虫とあそぼう』ですが、その内容はとにかく楽しく、温かい空気に満ちています。
その空気を作り出しているのが、見開き右ページにある文章です。
子どもたちと一緒に虫とりに行くような語り口で昆虫たちの生態を伝え、書体も柔らかな手書き文字で書かれています。写実的な昆虫のイラストとは対照的に、作者の素朴で優しい声が聞こえてくるようです。
この写実とオリジナリティの絶妙なバランスが、図鑑や辞典とは異なる魅力を放ち、30年以上にわたり愛され続ける源となっているのかもしれません。
これから夏休みに向けて、自然と触れ合う機会も多くなる季節。ぜひ『昆虫とあそぼう』を読んで、素晴らしい命の輝きを感じてみてください。
・『昆虫とあそぼう』