デザインの視点で見てみよう【第6回 "戦わない"という強さ。『ポストカード 逃げる一手』】

ちょっとした美術・デザイン解説の視点で戸田デザイン研究室の作品を紹介する連載「デザインの視点で見てみてよう」。久しぶりの更新になりますが、今回はとだこうしろう(戸田幸四郎 1931-2011)が残したポストカードを取り上げてみたいと思います。


『逃げる一手』と題されたこのポストカードには、後脚を跳ね上げて走る一羽のうさぎと不思議なメッセージが記されています。


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うさぎは、自ら戦うことを知りません。雪の山を逃げるのみ、です。
バン!バン! どこからか うさぎを狙った狩人の銃の音が、こだまします。
争いごとを嫌う うさぎは、今日も雪山を逃げ回っています。

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戸田幸四郎は一体どんな思いでこのメッセージを綴ったのでしょうか。

このポストカードが作られたのは、1990年のはじめ。ちょうど湾岸戦争や深刻ないじめ問題が報じられるようになった頃だったそうです。
知育絵本の草分け”と評された作家なら、苦難に直面する時代にこそ「逃げる一手」ではなく「逃げない強さ」を説きそうなものですが、戸田幸四郎はあえてそうはしませんでした。


「逃げる」と言うことばには、弱さや敗北のニュアンスがセットになっていて、どこか後ろ向きなイメージがつきまといます。

確かに生きていくには立ち向かう強さや諦めない心と言った、強さも大切です。
しかし子どもや大人を問わず、強さだけでは解決できない状況に直面することもあります。これが生きる厳しさ=現実ではないでしょうか。


どんな苦境に立たされても、戦う姿勢を取ることだけが私たちの能力や強さの証明ではありません。すべてが勝ち負けで決まるほどこの世界は単純ではなく、表面的な強さに固執するほど他人も自分も許すことが難しくなるのも事実です。

どうにもならない時には、その場から離れても良い。逃げても良い。誰かの力を借りて良い。それは自分を守るもうひとつの賢しさであり、強さでもある。このポストカードには、そんなメッセージが込められているのだと思います。

世代を超えてさまざまな閉塞感や生きづらさを感じることも多い今、「逃げる一手」を心の中に持っておくことも大切かもしれません。


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