【第1回】 図書印刷株式会社 プリンティング・ディレクター 佐野正幸さん (その2)

自分が感動しなければ、なにも生まれない。


ーー          改めてプリンティング・ディレクターの仕事を分かりやすく教えていただけますか?




佐野          簡単に説明すると、デザイナーさん、編集者の方、作家さんの間に立って現場を調整する役割ですね。間に入ってそれぞれの意図や希望を翻訳するようなイメージです。


ーー           今日を迎えるにあたって、今一度佐野さんの手がけられた作品を拝見したのですが。絵本はもちろん、森山大道さんの写真集だったり建築家の方のプロジェクト写真集だったり 本当に垣根がありません。
こうやってあらゆるジャンルの作品を手がけるには、技術や経験だけでなく 作り手の意図を汲み上げていく理解力がないと形にできませんよね。


佐野
          私は広く浅くなんですが、なんでも首を突っ込みたくなるんです。興味があったらまず飛びついてみる性格で。剣道をやってみたり、ロッククライミングをやってみたりね(笑)。

それに色々なお客さまがいる訳ですから、どのジャンルでも少しならお話しはできる。そういう状態にしておかないとと思っていました。


ーー          なるほど…。実際に作家さんと会われて、どのようにして作品の意図を理解していかれるのでしょう?お話しを重ねていかれるのですか?


佐野          まず原画を見ますね。「へぇ〜、キレイ!」「いいなぁ、好き!こういうの!」とか思いながら。


ーー          技術的なことは横に置いて、純粋に原画と向き合われる?


佐野          最初はなんでも素直に見ることですね。自分が感動しない限りは、何も生まれないので。



戸田          うーん。まさしく、ですね。


佐野          原画を見て「なにも思いません。」では、つまらないじゃないですか。これは子どもたちにすごく良いですね、とかね。なにかを感じる感性がないと。


ーー          佐野さんは合唱や水泳もされたり、着物を着て相撲を観に行かれたり!すごく多趣味ですよね。その辺りのお話もとても腑に落ちます。


佐野          色々なジャンルをかじったおかげで、助けられることはあります。お客さんとの話の入り口に立てますから。だから営業の方も雑学は割と大事ですよ。「知らなくていいことは知りません。」では、話がつまらなくなってしまいます。


ーー          そうした佐野さんの知識に裏打ちされた咀嚼力の高さや感性の鋭さ。そういったことに私たちのモノ作りも助けていただいていたんですね。


戸田          そうそう。こうしろう(※)の場合なんかは、この間はこう言っていたのに今日は違うことを言っている!なんてしょっちゅうでしたから。咀嚼力がないと。

(※)こうしろう:とだこうしろう(戸田幸四郎 1931-2011)。弊社作品の作り手であり創設者。


一同          笑。


佐野          こうしろうさんは芸術家だと思いました。あまり強いことを言わない。良いも悪いもこの色にしないさも、あまり言ってくださらないんです。これは難しいです…。
作家さんは皆さんご自分の作品に自信を持っていらっしゃる訳ですから、その場でおいそれと色を指定できませんし。でも答えを探り出しはしたいんです!


戸田          佐野さんは、ひとつひとつ言われたことを忠実に聴く、というのとは違う感じですよね。
ご自分で咀嚼されたことを踏まえて、結果的にこれが正解・ベストだろうというものを出してきてくれました。
だから初めはこちらで赤字を入れたものを見てもらっていましたが、もう途中からはそれは止めました。佐野さんが来てくれた時に、こうしろうと色々と話しをしてもらって 佐野さんに赤字を入れてもらうというスタイルにして。
こうしろうも佐野さんを信頼していましたね。佐野さんが来ない日は不満そうでしたから(笑)。


佐野          色々なやり方があると思うんですが、すごく丁寧な赤字をビッチリ書かれる作家さんやデザイナ―さんも たまにいらっしゃいます。でもそれを読んでも最後になると、なにを言いたいのか現場もわからなくなってくる。集約して現場に伝えないと難しいですからね。


ーー          『リングカード・しきさい』も佐野さんなくして生まれなかった作品ですよね?


戸田          そうだね。色の一覧表に本から切った色の見本を付けて、佐野さんにお渡ししました。


ーー          なんて ざっくりとした依頼!!


戸田          そう。いつもはY(黄)が何パーセントとか色の指定はしますが、佐野さんにお願いするから細かい指定はしない方がいい。その方がスムーズだと思ったんだ。
今振り返るとすごい依頼の仕方だよね(笑)。しかもこれ4色(※)で特色は使っていないからね!

(※)4色:印刷は基本的にプロセスカラーと呼ばれる、C(シアン)、M(マゼンダ)、Y(イエロー)、K(ブラック)4色の掛け合わせで色を表現する。特色はその4色の掛け合わせでは表現できない特別な色。


佐野          確かにこれは編集さんにお任せすると厳しいかもしれません(笑)。「細かく指示をください。」となるでしょうね。今の時代だと余計にそうかもしれません。でもこれ改めて見ても、キレイなものですねぇ。



『リングカード・しきさい』この微妙なグラデーションを4色で!


ーー          昨年『あいうえおえほん』が初版から37年の時を経て、グッドデザイン賞をいただきました。製本の部分もしっかり評価いただいて、これはもう図書印刷さん そして佐野さんと一緒に受賞したと思っています。


佐野          戸田さんの作品はモノマネしていない。オリジナルだから良いんですよ。その辺りも全部ひっくるめて、私はグッドデザインだと思っています。



太平洋の海の青、日本海の海の青。


ーー          佐野さんのお仕事に関する記事は色々な媒体でも紹介されていて、“佐野さん伝説”は多々あるのですが。
やはり佐野さんにお願いすると「原画の良さを引き出して、最高のものを出してくれる。」という声があります。まさに弊社が感じていたことと同じ。


佐野          まぁ、長くやっていれば分かることは自然に増えます。でも色々なことはありますよ。
以前も依頼をいただいた作家さんにスキャニングしたデータを送ったら、営業から「実は作家さんが色々言っているようで…。」なんて言われてね。


戸田          あ、そういう時はちょっと面白くないんですね(笑)。


佐野          でも、ちょっと待てよと。なんでそんなことに?と思って、作家さんの良いと思うデータを送ってもらったんです。それとこちらが送ったデータを見比べたら一瞬で分かりました。


ーー          なにが分かったのですか?


佐野          こちらが送ったのは完全にデジタル。色がパキッとしていて、極めてキレイな仕上がりでした。作家さんの送ってきたデータは昔のアナログタイプのものでした。情報量が多いからデジタルのようにキレイではないけれど、色の感じが豊富。それを見て作家さんが「違う。」と仰っていた意味がすべて分かりました。


戸田          DTP化して刷ったものとDTP化以前のものと見比べると、確かに違いが分かりますよね。
今のデジタルのものは、すごくキレイ。色もスカっとしていて、夜空のイラストを刷ると曇りのないような色で出てくる。以前のものは色味はちょっとボンヤリしているけれど、なんとも言えないニュアンスはあります。


佐野          はい。そうですね。


戸田          印刷会社の営業の方も、ベテランになると佐野さんに近い役割をある程度果たすようになると思いますが。やはり佐野さんだと現場にも指示がすんなり通る、ということはあったんですか?


佐野          それは私だからと言うより、モノの言い方・伝え方の問題だと思います。
ここが違うという所も本質的な部分を上手く説明できないと、現場の取り方が違ってきます。
擬態語とか例えとか、そういう言葉も上手く使って伝えるのも大事だと思います。「しっとり」という言葉を使ったりね。でもこういう表現が赤字の研修ではNGの部類に入るんです。



ーー
          抽象的でわかりにくい、ということですか?


佐野
          そうなんです。でもそれでは現場が考えなくなってしまう。
「しっとり」と言われたら「しっとり感」とはなんだ?どうやったら出せるんだ?と考える。それが現場のスキルを上げることになります。
だから「ホッとする色」とか、あえて赤字研修では推奨されない言葉を使うことも大切だと個人的には思っています。人間ですから抽象的な感覚も活かさないと。


ーー         そういう表現で修正がくると、現場に火がつきそうですね!


佐野          そうそう。海の色でも太平洋の海の色なのか、日本海の海の色なのか。そういうものを近いする力と言うか、感性ですかね…。それは大事だと思います。
自分で理解しているのか、ただやらされているのかでは大きな違いになってきますから。


戸田          太平洋と日本海。それぞれの海の青を出すかぁ。それは大きな違いですね。


佐野          最近は赤字でも指示でも分類化されてしまって、曖昧さがなくなってしまったのは残念ですね。
朝焼けと夕陽の色の違いとか。現場の仲間でその違いを観に行くツアーなんて企画したら、きっとすごく面白いことになると思いますよ。


ーー         こうして伺っていると専門的な技術や経験だけではなく、幅広い興味や知識、感性…。
プリンティング・ディレクターには様々な要素が求められますね。


佐野
          あと新聞をよく読みます。昔も今も隅から隅まで読んでいます。
どんなことが流行っているのか、そういうことも一応知っておかないと お客さんとの話が成立しないこともありますから。


戸田
          ご自分の仕事が社会と密接に繋がっている。


ーー         そうした佐野さんの「何事も面白がる・知りたがる」という気質は、すごい才能だと思うのですが。


佐野
          これも性格だと思います。以前知り合いの方と絵画展の話題になって「佐野さんは抽象画はあまり観に行きそうにないね。誰が好きなの?」と聞かれてね。「ダリ(※)。」と答えたんです。

(※)ダリ:サリバトール・ダリ。20世紀を代表するシュルレアリスムの画家。


ーー         あー!納得!


佐野          ダリの作品は観る側が考えるじゃないですか。


ーー         本当に「探求」がお好きなんですね。


佐野          もちろん絵画でも人でも苦手だな、と思うこともあります。でも一度受け入れてみることも大事です。そこから意外がことが分かることもありますし。
「あ、この人そんなに嫌なヤツでもないんだな。」とかね(笑)。受け入れてみないと、永遠に分からないままですから。


聞き手の私たちも惹き込まれていく、深いお話の連続。
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