【第1回】 図書印刷株式会社 プリンティング・ディレクター 佐野正幸さん (その1)

人生は選択と行動の連続です。そこに決められた答え・正解というものはありません。誰かが答えを示してくれるものでもありません。大切なのは自分の心を震わせ、好奇心を持ち続けること。
そうすれば、人生は驚きに満ちた冒険になる!これは私たちが作品を通じて届けたい思いでもあります。

そしてその大切さを仕事を通じて私たちに教えてくれた方々がいます。そんな素晴らしい方々を紹介する新連載【好奇心に火を灯す 。〜この人、この仕事〜】が始まります。

記念すべき第一回を飾ってくださるのは、図書印刷株式会社で“伝説のプリンティング・ディレクター”として活躍された 佐野正幸さん。私たちの作品も佐野さんの確かな目でチェックを入れていただきながら版を重ねてきました (聞き手:代表  戸田靖  /  広報 大澤千早)



自分の仕事を面倒くさいと思ったら、終わり。


ーー          戸田デザイン研究室は、もう何十年と佐野さんにお世話になっているんですよね?


佐野          そうですね。戸田デザインさんの絵本シリーズはDTP化(※)の時に全て担当しました。
絵本ですから基本は原画通りに色を出していくんですが、色が沈みがちで…。特に黄色をしっかり出すのに苦労した覚えがあります。

(※)印刷のDTP化DTPとはデスクトップ パブリッシングの略。それまでアナログな作業を積み重ねていた印刷までの工程を、パソコン上でデジタルデータを使って行うようになる変革の流れ。


戸田          佐野さんに担当いただけたことは、本当に幸運でした。あの当時、既にプリンティング・ディレクターという肩書きでお仕事されていたんですか?


佐野          いえ、その頃はまだ。当時は沼津工場の現場で仕事をしていて、なにかあれば担当営業とお客さまの所へ行くと言う感じでしたね。


ーー          弊社の出版物をDTP化し始めたのは、確か2000年に入って間もなくですよね。佐野さんは2019年末に図書印刷さんを退職されましたが、何年お勤めだったんでしょう?



佐野          改めて調べたら50年でした。


ーー          え!!半世紀!!


その道、なんと50年。佐野正幸さん。


佐野          50年という数字には自分でも驚きますが。高校を卒業して現場に入って。
長く続けられたのは飽きなかったからでしょうね。製版の作業が「ん?どうしてこうなるんだ?」の連続で毎日が勉強で楽しかった。
時代も良かったと思います。部署という線引きも薄かったから色々な仕事にトライできたし、失敗してもそんなに怒られなかったですね。


ーー          でも高校を卒業されてすぐでは、なにも分からないですよね?


佐野          えぇ、まったく。分からないことがあれば、まず文献をあたるしかないんです。当時の現場なんて「見て学べ」ですからね(笑)。


戸田          今のように研修なんて無い時代ですもんね。


佐野          そうそう、いきなり仕事(笑)。また昔の文献は読み解くのが難しい!専門的なことがいっぱいですし、研究書がベースなので分かる人にしか分からないんです。


ーー          そうした難解な文献を読まれつつ、トライ&エラーを繰り返していかれたのですか?


佐野          そうですね。でも基本は与えられたものからやっていくしかないので、最初はまず製版(※)からスタートしました。指定紙を懸命に読みながらフィルムを修正していくのですが、その作業の中で素材のフィルムは誰がどこで作業しているのかと疑問がわいてくる。担当者を見つけるとその現場にカメラがあって「あぁ、そういうことか」と納得して。
そうしてしばらく経験を積んでいくと、段々自分でも色の良し悪しが分かってくるんです。
そうなると「あれ?これ…元に問題があるのかも?」と思うことも出てきて、当時の上司に「すみませんが、こっちのカメラもやりたいんですけど。」と申し出たんです。上司も「よし、やってみろ。」と。

(※)製版:印刷の元の版を作る作業。


戸田          サラっと仰るけれど、すごい話ですね。その当時から佐野さんは質を求める探究心があった。


佐野          うん、そうですね。仕上がりでもなんでも「これ、何か違うのでは?」と疑問を持つというのはありました。疑問が生まれると じゃあ、自分で調べてやってみようと。


戸田          昔は今より仕事の配置も含め決め事も少なくて自由度は高かったにしても、やらない人はやらないからね。


ーー          そこは大きな分かれ道ですよね。


佐野          そうやって始めたカメラも、長くやっているとまた元の素材が気になってくるんです
そこを辿ると当時ではとても高価な機械があって、一部の人しか入れない別室で作業をしていたことが分かりました。「自分にもやらせて欲しい。」と頼んで、また新しい機械に触れるチャンスを得て色々と吸収しました。もちろんマニュアルなんてないので、一から自分で書いて。


戸田          なぜそんなにも佐野青年は能動的だったんでしょう?


佐野          まぁ、性格でしょうね。自分の欠点でもあるのですが、一つにのめり込む気質で(笑)。
今振り返ると20代の時に色々できた、という経験が後に続いたと思います。その時に興味を持たずに適当にやっていたら、身につくものは少なかったかもしれないですね。


ーー          そうやって佐野さんは、ひとつひとつ出来ることを増やしていかれたんですね。


佐野          わかること、出来ることが増えていきました。でも時代は動いていて、印刷の技術も変わっていきますからね。


ーー          佐野さんの50年のキャリアの中で、印刷の技術はダイナミックに変化しましたよね?


佐野          えぇ。自分ですごく良かった、ラッキーだったと思うのは 変革の時に現場にいられたということです。
DTPが入りました、でも初めてのことだから誰も教えてくれないしなぁ。じゃあ自分でやるしかないという感じで、自分なりにやっちゃった(笑)。


戸田          これぞ独学です。


ーー          でも業界の中には変化を拒む方、ついていけないと感じてしまう方もいたと思うのですが。
佐野さんは新しいことが苦ではなかったんですね?


佐野          苦ではなかったですね。私はいつも「自分のやっていることが面倒くさくなったら 人生終わりだな。」と思っていて。面倒くさいと思うだけではそこで閉ざされる。面倒だけど、でもやってみるか!と思えないと。



戸田          本当にそうですね!仕事は面倒くさいことの積み重ねですよね。面倒くさいことを、どれだけしっかりやるか。


外圧があるから、限界を超えていける。


佐野          それに私たちの仕事は自分たちがいくら良いと思っていても、お客さんがNGだったら それはダメな訳ですから。
最初から提案したものを「いいね、いいね!」と言ってくれる人が全てとは限らない。デザイナ―さんやプロの方から見たら 全然ダメってこともたくさんあると知りました。
でもダメだと言われて「あっ、そうですか。」では、そこで終わってしまいます。
どこがどう違うのかとか、そのダメ出しをされた方と直接お話ししてみたいとか。その奥にあることを知らないといけません。

ーー          作品の裏にある背景を知りたいということですか?

佐野          だって断ってしまうのは簡単でしょ?面倒だからやりませんでは終わりですから。
じゃあもっと見方を変えてみよう、一歩引いてみようとかね。そういうことが大事だっていうのは、表に出るようになってから感じました。中にいるだけでは出会えない、色々な方とお話しできて気がついたことですね。

ーー          これぞディレクターのお手本のような…。


佐野           現場でやっているとあまり表に出ないから、自分の世界が固まりやすくもあります。
「こうだから、こうに決まっている。」という考えに成りがちです。それは確かに正しいのですが、外にはまた違う考えがある。そういう違いに触れて、自分で考えないといけないんですよ。
まぁ、印刷会社は発注をもらって始まる受け身の仕事ですから、どうしても内側で固まりやすいという側面もあります。デザイナ―さんや出版社さんに今までやったこともない新しいことを頼まれると、「え…。」となってしまう。

ーー          限界が見えてしまう?

佐野          確かに現場のベテランの言う「これが限界。」は間違いではありません。でも「デザイナ―の要望はこうだから、ちょっとやってみて。」と言うと、結構できちゃうものなんです。だからデザイナ―さんとか、そういう外圧になる存在は大事です。無理難題を言われて、それにいかに対応するかですから。

ーー          技術が進歩しても、その辺りは今も昔も変わらないものですか?




佐野          デジタル化になって「これ以上やれません。」という線引きが決められて、ちょっとつまらなくなったかな。この紙の濃度はこれです、と明確に決められてしまっている。昔に比べて安定した良いものはできるようにはなりましたけど、「おぉ!これは素晴らしいね。」と思うものは少なくなった気がします。



ーー          超えてくる驚きがないんでしょうか?


佐野          そうなんです。印刷って生き物ですから。もう少し現場で試行錯誤できれば、仕事もっと楽しくなると思うんですよ。やっぱり職場は楽しくないと!


ーー          では本格的に外に出られるようになって、プリンティング・ディレクターという肩書きでお仕事をされるように?



佐野          そうですね。



戸田          その当時、佐野さんと同じようなことをされている方はいらしたのでしょうか?

佐野          いや、私だけでしたね。多分、そういう役割・人間が必要な時代だったんでしょう。写真集なんかがあちこちで出版されていたり、そういう時代でしたから。

ーー          作品の意図を汲み取る方が必要で、それがまさしく佐野さんだった。

戸田          そういうことだよね。だって「印刷は生き物」って明言できる人、早々いないよ!














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