『あいうえおえほん』という一冊の絵本から始まった戸田デザイン研究室。
1990年の会社設立から今日まで、会社の歩みについて語ったことはほとんどありませんでした。
創業者であり作家であった戸田幸四郎とは、一体どんな人物だったのか。どんな思いで絵本を作っていたのか。そしてこれから戸田デザイン研究室はどこへ向かうのか。
父である戸田幸四郎亡きあと、代表を務める戸田靖が様々なエピソードを交え、戸田デザインの「これまでとこれから」について語ります。 (聞き手:広報 大澤千早)
すべては感覚がついてこないと。
ーー 戸田さんが小さい頃、幸四郎さんは絵本をよく買ってこられたんですか?
戸田 いや、むしろ家に絵本は少なかったと思います。幸四郎が気に入ったものしか無かったです。
ーー 絵本も幸四郎さんのセンスで選ばれていたんですね。
ーー 絵本も幸四郎さんのセンスで選ばれていたんですね。
戸田 絵本だけでなく、すべてにおいてそうでしたね。子どもが欲しいものではなく、幸四郎が良いと思ったものだけが身の回りにありました。
だから我が家にはいわゆる“子ども向け”という雰囲気のものはすごく少なかった。友達の家に行くと子ども用の学習机があるのを見て「うわー、こんなのあるんだ!すごいなぁ。」と、うらやましく思ったよね。
だから我が家にはいわゆる“子ども向け”という雰囲気のものはすごく少なかった。友達の家に行くと子ども用の学習机があるのを見て「うわー、こんなのあるんだ!すごいなぁ。」と、うらやましく思ったよね。
ーー 戸田さんはどんな机を使っていたんですか?まさか幸四郎さん自ら木を削り…。
戸田 さすがにそれはないよ(笑)。大人用に作られた、普通のテーブルと椅子という感じ。当時売られていた子ども向けの机と椅子に、幸四郎が納得できるデザインのものがなかったんでしょうね。
『あいうえおえほん』を作ったのも、ちゃんとデザインされたひらがなの絵本が少ないと思ったからと、本人も言っていました。
ーー なるほど。それが絵本を作る動機だった。『あいうえおえほん』を作ったのも、ちゃんとデザインされたひらがなの絵本が少ないと思ったからと、本人も言っていました。
戸田 それに、それまで幸四郎が手がけていた店舗デザインも広告も消費されるデザイン。早ければ数ヶ月で壊されて、また作って、を繰り返す。 もっと永く、世の中に残るものを作りたくなって転身したと後々に語っていました。
ーー でもなぜ、絵本の中でも“知育”のジャンルを…。
戸田 確かに、そこに行くか、と思うよね(笑)。図表の件はあったにしても、それまでずっと商業デザインの世界にいた訳だからね。
でも幸四郎と仕事をしてきて、こういう思いを伝えたくて絵本、そして知育を選んだなと感じる事はあるんです。
戸田 幸四郎は【常識】という意味について良く話していました。英語で言うと【common sense(コモンセンス)】となる。幸四郎曰く、直訳すれば大衆の感覚となるんだけど、“感覚”という言葉が入っている、これが重要だと。
良質な常識を身につけるには、それぞれのセンスを持つことが必要だと話していました。そうすることで大衆感覚そのものが豊かになり、成熟した文化になると考えていました。
戸田 よく「街をキレイにしましょう」と言うでしょう?それには、まず何がキレイかを知ることが大事。そういうことだと思います。
ーー なるほど。まずは自分の中にきちんとした「キレイの感覚」がないといけない。
戸田 ゴミを捨てないとか掃除をするとか、そういう事を教わることも大事なんだけれどなぜそれが必要か、心で感じていないと意味がない。その感覚があれば、人から言われなくても街をキレイにすることに意識が向きます。「●●しちゃいけない」「●●しなければならない」と言われるだけでは、その感覚は 育たないですよね。
それにキレイって単純ではないでしょう?街によっては少し古くて汚れている部分があった方がムードがあるって場合もある。
それにキレイって単純ではないでしょう?街によっては少し古くて汚れている部分があった方がムードがあるって場合もある。
【言葉を選びながら、センスについて話す戸田。】 |
ーー 美に対する意識や考えを培うことができるかどうか、それが大切と言うことですね。そういう感覚を持った人が増えれば、「街をキレイに!」と声高にさけばなくても、それこそ常識として情緒ある美しい街になるという。
戸田 装うこと、食べること、会話すること。 人生を豊かなものにするには、自分なりのセンスを持つこと。それを豊かにしていくことが大切なんですよね。それは個人の価値観や創造力を養う土台になるし、世界を広げる土台になる。その考えは幸四郎の中に強くあったと思います。
ーー 学ぶということも同じだと。
戸田 そう。何かを学ぶ時も、ただ正解を暗記するだけでは血の通った知識にならない。 感覚もついてこないと広がりがない。学んだことを自分の人生に活かしていけない。そう考えていたんだと思います。
実際「おもしろい!」「キレイ!」と心を動かしたときの子どもたちの吸収力、そこからの創造力はスゴイですからね。
実際「おもしろい!」「キレイ!」と心を動かしたときの子どもたちの吸収力、そこからの創造力はスゴイですからね。
ーー だから子どもたちが文字や数字などを学ぶ「知育」にこそ、美しさや楽しさが大事だと考えたんですね。まさに今に受け継がれる戸田デザイン研究室の哲学です。
【知識を超えた「心の動き」を大事にした幸四郎。】 |