絵の構図、色の使い方、それらが生みだす効果…。制作秘話やこだわりといった内容ではなく、ちょっとした美術解説のような視点で、戸田デザイン研究室の作品を紹介していきたいと思います。
第一回は代表作『あいうえおえほん』。
この作品のイラストは、とてつもなくシンプルです。すべて太い輪郭線と2〜3色で構成されている、と言っても過言ではありません。この潔いまでのシンプルなデザインは、見る者の目・心にどんな印象を与えるのでしょうか?
例えば「あし」。
脚も指も爪も、太くはっきりとした黒い輪郭線が印象的。大地をつかみ前に進む、力強さを感じさせます。
背景を鮮やかな緑にすることで、黒く縁取りされた肌色が日焼けしたようにいきいきと健康的に見えます。色調の強い3色が生みだす、コントラストの妙です。
描く要素そのものを削ることで、伝えたいものの魅力が増す。ということは、デザインにはよくあります。「そら」もその特徴を感じることができます。
真っ青な空を背景に、見切れた雲、緑の群れ。描かれているのは、それだけです。太陽も月も星もなければ、鳥もいません。かなり大胆な構図です。
だからこそ、目の覚めるような青の美しさが広がります。
作者は、抜けるように美しい青と無限の広がりこそ、空の魅力だと思ったのかもしれません。
この絵本のためにデザインされたフォント(文字)を見てみましょう。
フォントデザインには、沢山の種類があり、オリジナルの個性を探すのは至難の技ですが…。このオリジナルフォントは、ハネ、トメ、ハライがとてもはっきりとしています。
「あ」という一文字の中にも、カーブによって生まれる太い線、筆を返すことで生まれる細い線、ぐっと筆を止める時に生じる力強い線…。多様な線が見て取れます。
こうして見ると、ひらがなは極めて繊細な「線のデザイン」だということが、よく分かります。
作者・戸田幸四郎は『あいうえおえほん』のあとがきに、“確かなひらがなの基本を身につけられ、また、視覚の絵本として感覚が豊かに育つことを期待します”と綴っています。
こうしてデザインを紐解いていくと、その思いをより強く感じることができるのではないでしょうか。